江戸時代の初めから、現在の新宿伊勢丹から四谷四丁目交差点までの間に「内藤新宿」という宿場町が存在した。当時の風景は、歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』の「四ツ谷内藤新宿」に描かれている。馬や人が行き交う賑やかな場所だったに違いない。
今は新宿通りとなり、道路が拡張され辺りはビル街に変貌し、人通りも少なくかつての面影は全くない。「内藤新宿」は江戸四宿の1つ。あとの3つ「品川宿」「板橋宿」「千住宿」のあった通りは狭く、道幅はおそらく江戸時代のままであろう。かつての宿場町の雰囲気は色濃く残る。
甲州街道に設けられた“新しい宿場”で、新宿と名付けられた場所は、インバウンドで外国人にも人気の高い、東洋を代表する繁華街といっても過言ではない。新宿駅を中心に戦後の闇市から、歌舞伎町、都庁まで、西側は大きく発展した。それに比べ東の内藤新宿側の消滅は必然であったかもしれない。
新宿3丁目より東に向かうと、寂しい感じは否めない。それでも土地の持つ力か、拘りの飲食店が点在しており、今でも人の流れがある。宿場町のあった歴史は生き続けているのだろう。
新宿通りから一歩外れたビルの2階。知らないと入りにくいが、ここにカレーの名店がある。久しぶりにおじゃましましたが、さすがに人気店、満席で少し待ちます。
1番人気(たぶん)の「なすトマトチキン」をオーダー。辛さは選べる。メニューには1番は中辛程度で、オススメは3番とある。
定番の3番。こんなに辛かったっけな?前回来たのは5年前。記憶はあてにならないな。
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